僕は君を魅了する


委員会の部屋を決めなくてはいけなかったあの日。
部屋が決まったその後、決まった部屋で委員会があった。
は昼から具合が悪かった。だから、親友のに頼んで代わりに委員会に出てもらっていた。


「御免ね、代わりに出てもらって…」
本当に申し訳なさそうには言う。真っ黒いストレートヘアが印象的な知的美人な彼女に、教室から鞄を持ってきたが笑いながら鞄を手渡した。
少し色素の薄い、茶色の髪の毛を揺らしては「そんな事ないよ」と言う。
美人な二人が並ぶと迫力ある。どちらかと云うとは可愛い美人、の部類に入る。
顔色が少し悪いが、大分体調がよくなったらしいと連れ立って保健室を出る。
「あれでしょ?今日部屋決まったんでしょ?」
「うん、決まったんだけど。風紀委員が応接室使うことになったんだよ」
「へぇ……。応接室なんてあったんだね、うちのガッコ」
かなり夕陽が傾いて、窓から差し込むオレンジ色の光が二人分の影を廊下に長く映す。
「うん、それでね、何か緑化委員の人とかが…あの後中庭でぼこぼこになったとかって…」
人の痛みに敏感なが哀しそうな目をして言う。幼稚園からずっと一緒だったからは知っている。
は本当に、見ず知らずの人の痛みまで自分の痛みのように感じてしまうことを。
だから、はずっとを護って来た。これからも護り続ける。
可愛いから狙われやすくて、内気な性格になってしまったを。
「それがね…風紀の人……らしいんだって…」
そこまで言ってが言葉を潜めた。
廊下の端に見える、威圧的な態度の男の姿に思わず息を呑んだ。
「…雲雀、恭弥…」
この学校の生徒じゃなくても不良の間では有名だという。
最強の不良。群れてると仕込みトンファで殴り殺される。etcetc
そんな物騒なあだ名のせいで少なくともこの学校で雲雀に盾突く人間は居なかった。多分噂なら。噂だけなら、きっと彼は人に囲まれてるはず。
顔もいいし。
は後輩だから、委員会や部活が一緒じゃないと一緒になる機会はない。
委員会は風紀委員だし、部活に入っているという話も聞かない。だから、今まで直接見た事はなかった。
「何?二人で歩いてるくらいじゃ咬み殺したり何かしないよ?」
壁に凭れ掛かって、怖いことを平気でさらりと言う。
、行くよ」
「うん」
ゆっくりと何事もないようにそれでも足早に雲雀の隣を通り過ぎようとした。
刹那。
ぐっと肘の辺りを掴まれ、危うく後ろに転びそうになったが驚いた表情で見る。
「…な」
「うん、やっぱり」
何がやっぱり何だ、という表情では雲雀を睨みつける。
「離してよ」
「やだって言ったら?」
むっとした表情では思い切り膝を蹴り上げようとする。
「っと」
ぱ、と肘から手を外して雲雀は膝蹴りを回避する。
「見た目はお嬢様なのに怖いね、君」
「だから何?」
「僕にそんな口の利き方する子も初めてだよ」
本当に楽しそうに雲雀は笑う。
玩具を与えられた子供のような笑顔には思わず背筋を凍らせる。
「名前は?」
ふい、と視線をそらして口を噤む。
何があっても言うものか、という意思表示に雲雀は思わず口角をあげて笑う。
「じゃあ」
標的をからへと移す。
「こっちの子に聞くからいいよ」
手に握られているのはトンファ。何時の間に近づいたのか、の腕を掴んでトンファを振り下ろそうとしている雲雀の姿がの目に入る。
トンファ目掛けてが持っていた鞄を投げつけた。簡単にトンファで鞄は往なされる。
床に落ちた鞄を横目に
お弁当箱とか砕けちゃったんじゃない!?
何て暢気なことを考えながら、はもう片方の振り下ろされたトンファとの間に身体を滑り込ませる。
「……を傷つけようとしたら、絶対に許さないから」
鎖骨の上の辺りで止められたトンファを見ても身じろぎ一つせずに、はきっぱりと言い放つ。
「許さない、ね」
「貴方、私の名前を聞きたいだけなんでしょ?だったら、は関係ないじゃない!私は何されてもいいけど!は関係ないんだから!」
「そんなに大事なの?その子が」
振り下ろし、寸止めしたトンファが微かに揺れる。
は気付いていないのだろうが、仕込みトンファは案外重たい。それを寸前で止めるというのは意外に大変な行為な訳で。
後数センチ、否、数秒が遅れていたらの鎖骨は今頃。
「大事よ!私の大事な親友だもの!」
ぎゅ、と制服を掴んでを引き止めるようにしている。
「……謝ってよ……!に謝って!怖い目にあわせたこと、謝ったら名前教えてあげるわよ!」
「……いいよ……っ。私なら平気だから…」
あの雲雀が謝る姿なんて、誰も想像しなかっただろう。
この場に風紀委員の人間が居たら間違いなくは殴られていただろう。
「御免ね、怖い思いさせて」
トンファを片方だけしまって、雲雀は軽く頭を下げる。
多分、雲雀を知っている人がこの光景を見たら、絶句しただろう。
数秒の後、の前からもう片方のトンファが消えた。
よ。
それだけ言うと床に落ちている鞄を拾っての震えている手を繋ぐ。
「もう二度と会うこと、ないと思うけどね!」
…」
「行こう、。大丈夫だった?」
ぱたぱたと足音が遠のいていく。
時々聞こえる、御免ね、大丈夫?という言葉に雲雀は溜息をつく。
「………ね」
にぃ、と口角をあげて雲雀が笑った。

(続く)

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